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記事一覧

双極性気分障害(躁鬱病)

自分は躁うつ病でないか?と思う時もある。(余談になるが、名前をくるくる変えるのはやめてほしい。躁鬱病を双極性気分障害と言ったり、禁治産者を成年被後見人と言ったり、言葉のマイナスイメージを無くそうと思っているのだろうが、変えて新しくなった言葉に再びマイナスイメージが固着するだけである)気分が明るい時と暗い時の差が甚だしいからである。明るい時は全能感がして、何もかもが可能な気がする。暗い時は無力感で一...

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加害者

望まずして加害者になってしまうことがある。故意でなく過失の場合である。被害者の方は正当性があるから、加害者をいかようにも責められる。一方加害者の方は自分に落ち度があるから何も言えない。言えるのは「ごめんなさい」「済みません」「申し訳ありません」くらいだ。この時被害者の側で嵩に懸かってくる人がいる。神が人を罰するように。でも考えて欲しい。誰でも加害者になる可能性はあるのである。人間、過ちせぬ人はいな...

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義高と大姫

以前、義高は12,3歳と書いたが、平家物語には11歳となっている。義高が元服前の童か、元服した少年かによって、頼朝からの逃げ方が違ってくる。童なら女に化けて侍女と共に歩いて逃げるだろうが、少年だと馬を駆って逃げる。私は後者の方が大姫が恋した義高に似つかわしいと思う。義高を誅した後、ふさぎ込む大姫に、頼朝夫妻は入内させようとする。これを、帝の妃という女として最高の位につけてやって大姫を慰めようとした...

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何故、夫の悪口を書くか?

それは夫の性癖が私の心を暗くし、この病気を悪くするのにどれほど役に立っているか?知ってもらうためである。学生のころ私は「こんな病気だから結婚してくれる男性はいないんじゃないか?」と男友達に言っていると、その友達が「いるさ。独立独歩の男なら」と即座に答えた。夫は六年間英語の教師をした後、実家へ帰ってきて、塾を開いたが、人望がなく、(力量はあるのだが)生徒が集まってもすぐ辞めていく。だから親に半分養わ...

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喧嘩したら何を言ってもいいか?

私共はよく夫婦喧嘩をする。私は喧嘩というより意を尽くし理を尽く両者の齟齬を糾し、更なる理解を深める目的なのだが、夫にとっては喧嘩は戦い、勝つのが目的である。それでもいいのだが、私だって目的こそ美しいが、腹が立っているから怒りながら話すし、でも喧嘩したら何を言ってもいいという夫の態度が気に食わない。気に食わないどころか、夫の罵詈雑言に心がずたずたに傷つけられる。私は罵っていても、決して夫の本当に痛い...

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自分のものは自分のもの。人のものは自分のもの。

私の家庭の財政は夫が握っている。夫は私に四、五千円のはした金を時々くれて、それでは足りないのでお金をくれと言うと「何に使うんな」と厳しく追及する。私がたまに大きな買い物をすると、三週間くらいは私をいびり続ける。そのくせ自分は毎日毎日インターネットで買い物をする。ほぼ毎日本かCDが届く。楽天とかアマゾンで買うので一円だからいいのだ、と威張っているが、送料は400円くらい、月に換算すると12000円使...

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高2の時の辛い体験

高2の時一人も友達ができなかったことは、高一で始まりかけていた病気に拍車をかけた。大体めいめい数人で仲良しのグループを作り、それを単位として行動することが、この学校での暗黙の了解になっていた。私は憐れまれてお弁当を食べる時だけ入れてくれるグループがあったが、その時以外は誰も話しかけてくれる人がいなかった。授業の時はまだいい。みんなそれぞれ自分の席に居ればよいから。休み時間が惨めだった。私は一人ぼっ...

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この病気は遺伝するか?

この病気が遺伝するとしたら、私の子供と結婚し、子をなそうとする人は不安だろうと思う。はっきり言うが遺伝しない。しかし性格に似た傾向の子は生まれると思う。私の父方も母方もこんな病気であった人はいない。それは兎も角、うちはお家断絶の危機に瀕している。一人娘が一人息子と相思相愛になったからである。が、娘の名誉の為に言っておくが、深い仲にはなっていない。家という建物の外に家柄の存続ということに、私は拘って...

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病的な子供と健康な子供

母は小学校五年の担任の先生に「お子さんは、愛情関係に敏感で、愛されてないと思うと拗ねるので、気をつけてあげてな」と言われたそうだ。私は小学一年の時運動会で入場しているとき、放送で「一年生です。手を叩いてあげましょう」と言うのを聞いて、来年になったら二年生だから、もう二度とそんなことを言ってくれなくなるのだ、と思って寂しかったのを覚えている。大学の時先輩と喧嘩したことがあった。先輩は「君程人から大事...

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このような病気になった心理的要因

不眠が始まった15歳の時、苦しいことは何もなかった。むしろ志望高校へ受かった喜びで満足していた。だから最初心因性の欝病と診断された時、疑問に思ったものである。しかしよく考えてみると、心理的におかしなところはあった。物凄い上昇志向で立身出世主義だった。「偉い人」になりたかった、否、なるべきだった。「偉い人」とは具体的にどういう人をいうか?その当時わからなかったが、まずは勉強がよくできる人のことだった...

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この病気が治らない環境的要因の一つ

病気が治らない環境的要因の一つに、家庭が暗いことがある。うちは前は舅や姑がいたが、亡くなったので、今は三人家族である。その一人は県外の大学へ行っているから、夫と私の二人家族である。家庭が暗いと言っても夫は暗くない。辛いこと苦しいことが何もないので、言いたい放題したい放題である。その夫の言動が私の心を暗くするのだ。例えば外から家に入った立場の弱い私に「只で居候させてやっている」と何回も言う。家や土地...

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母との因果な関係ー子に対する仕打ち②

母の私に対してした酷い仕打ちは多々あるが、一例だけ挙げておく。母は服でも鞄でも姉のお古を使わせた。ここまでは普通の親と変わりないと思うが、小中の義務教育の時文部省が生徒にまっさらな教科書を無償で配布する。母は、私にくれた教科書を取り上げて、姉のお古の教科書を使わせた。みんなまっさらの教科書を持っているのに、自分だけ線が入っていたり、折れ目がついている教科書を使うのはいやだった。母は私から取り上げた...

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下ネタ

うちの夫は独善主義者で自己中である。嫁にきた時、舅、姑、よそに嫁にいっているが始終実家であるうちへ子供を連れて入り浸る小姑、そしていつも私を叱責する夫の中、で孤立無援の私はとても不幸せだった。最初の子を病で亡くしていたし。二番目の子ができても不幸せだった。夫と姑が、私の育児の邪魔をし、また育児の仕方を責めるからである。夫は典型的なマザコンだった。私はいつも夫と別れたいと思い続けていた。今も別れたい...

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母との因果な関係ー子に対する仕打ち①

母は姉と私にとても人様の前に出ていけないようなボロを着せた。小、中の時はそれほどでなかったが、高校になると極端になった。特に姉は可哀想だった。太っていたので、上手な着こなし方をしないと駄目なのにボロを着せるから、中年太りしたおばさんのようだった。私はうちはひいては裁判官は貧乏なのだと思っていた。ボロを着せられるから、引っ込み思案になるし、自分に対する自信も失う。異性にももてる筈がないと思っていた。...

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プロフィール

marimidori

Author:marimidori
東京で生まれた後、親の転勤もあってあっちこっちへ住み、今は徳島在住。夫の経営する薬店を手伝いながら、諸行無常の生活をしている。15歳の時から強烈な不眠に悩まされ、二十歳の頃ついた病名が境界性欝病。還暦になった今でも治っていない。同じような病の人に役立てばとブログを始めることにした。FC2ブログへようこそ!

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