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時がないのでござる

私は、焦っている。80まで生きたとしても、あと20年か持ち時間がない。夫婦喧嘩した際、夫に「お前のブログなんてどうせくだらないにきまっている」と言われると、どこかに応募して、賞をもらったら夫もぎゃふんと言うだろう、と思うが、私は、母の介護にふーふー言ってるから、その暇がない。時がないのでござる。
本当は、時がないだけではなく、体力もないのだ。このブログを書くのもエネルギーがいる。母の介護と両方だけで精一杯なのだ。
60年生きてきて私は、何か為しえたことがあるのか?と自問すると、何もない。特に変わったこともしない平凡な庶民だ。
そしてこの年になると、死が迫ってくる。ひとごとではない。リアルに死はある。悪夢に地獄に落ちる夢を何度も見る。
中学一年の時、母に「勉強しなさい」と言われる度に「どうせ死んでしまうのに、何故勉強するの?」と口答えしていた。口答えの為の言葉ではない。本当にそう思っていたのだ。
私は、他者よりずっと死を意識している。それは体が弱く、よく寝込むからである。娘は「ママほど体の弱い人は見たことがない」と言う。
では、死とは何か?と問われると、分からない、というのが本音である。故元検事総長の伊藤栄樹が『人は死ねばごみになる』という本を書いて、しばらく物議を醸して、宗教評論家のひろさちやなどは「それでは彼はそういう考えで、人を死刑にしてきたのか?」と怒っていた。
時がない、というのは、60になっていよいよ死が近づいた為である。だが、自分が、功なり名なり遂げていたら、死に向いつつある老いも楽しめただろう。
「60の手習い」という言葉があるように、あと20年しかと考えず、20年もあると考えなさい。あなたはいつもそうやってマイナス思考してきた。15の時から「自分を矯め直すには遅すぎた」と絶望し、40代も50代も「何かをやるには遅すぎた」と考えていたね。と内の声が言う。
じゃあ、何をすればよいのだろう。
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プロフィール

marimidori

Author:marimidori
東京で生まれた後、親の転勤もあってあっちこっちへ住み、今は徳島在住。夫の経営する薬店を手伝いながら、諸行無常の生活をしている。15歳の時から強烈な不眠に悩まされ、二十歳の頃ついた病名が境界性欝病。還暦になった今でも治っていない。同じような病の人に役立てばとブログを始めることにした。FC2ブログへようこそ!

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